最終更新日 2009/6/6 http://www.fukagawa-village.com


飫肥・油津探訪
日南ルネッサンス計画
Since April 24, 2001

ご意見・ご感想はこちらまで
webmaster@fukagawa-village.com
      深川ビレッジ・ドットコム

       深川やすのり
     のホームページへようこそ!

  




当団体は、社会、政治、経済、教育、文化など多岐にわたる諸問題を、
単に「いま」と「ここ」にとらわれることなく、
常に「文明」「都市」というスケールを念頭に置きながら、
時間軸と空間軸で立体的にとらえて調査・研究し、
その戦略やsolution(解決策)を立案すると同時に、
広く提言・普及させ、実現を図ることで、
社会に貢献することを目的とします。



代表者は深川保典です。


付属研究所では「飫肥・油津」をテーマに研究しています。












                日南ルネッサンス計画
                                                
            

持続可能な日南市にするために2年以内に串間市と合併して、4年後に「10万都市・日南」をめざします。 

日本の深南部、高齢化率30%、人口減少(この半世紀に三分の一の2万人が減)に歯止めが掛からない我が生まれ故郷「日南」にUターンして早1年4ヶ月(08年10月現在)。すべてに諦めムードが漂う中、危機感を募らす毎日…。このまちは日本の地方の縮図だ。
ここでの私の活動実績が日本再生の取り組みのモデルにきっとなる。   

最も気になるのは、「知の空洞化」だ。
パチンコ店や消費者金融、量販店は乱立しているが、大学が無い。肝心要の図書館も貧弱。歴史や伝統はあるのに、それらが活かされずに知的雰囲気が欠如している。だから街が生き生きしていない。

「知識情報化の時代」にこの町は取り残されている。
それが、人々の無気力、無関心による停滞感を一層強めている。
こんな時代に頭脳がなければ都市は崩壊する。

確かに祭りやイベントが毎週のように至る所で開催されている。だから町が活性化しているような錯覚を持つ。しかしそれらは皆一過性のものだ。終わればまたもと通りの寂れた町だ。
恒常的に日南や飫肥、油津、南郷、北郷を発信して、誰もが知っている名前にしなくてはならない。そのためには「ブランディング」が必要である。
全国レベル、いや世界レベルのブランドになりうる宝が実はあるのだ。

この地には江戸末期に全国に誇れる立派な学校があった。「安政の三博士の第一」と言われた儒学者・安井息軒が教鞭を執り、またそこに学んだ小村寿太郎(日本外交の三傑)という大先達がいた。

この日南の知のバックボーンとも言える1801年開学の全国でも数少ない現存する藩校・飫肥の「振徳堂」は、計り知れないブランド力を持っている。この再興が日南ルネッサンス(復活)のスタートだ!

そして、町興しには良く「三者」がいると言われます。それは、「若者、よそ者、ばか者」しかし、何と言っても若者この日南では、若者がまちを歩いているだけで価値がある。その若者を流出させず、よそからも集客できるようにするために、


日南市立 振徳堂大学


つくります。しかし、私一人ではもちろんできません。多くの市内外の皆さんの参加による「大学づくり運動」がなければ出来ません。
これを画餅に終わらせないために、まずは、


振徳堂市民大学



08年10月1日に、多くの志ある皆様方のご協力を得てつくりました

レギュラー講座(月〜金 午後7時〜8時半)を上写真の日南市油津のテクノセンターで以下の通り行っています。

月 「実践まちづくり考」 深川担当
火 「現代に活かす郷土史」 岡本
水 「経営戦略論」 深川
木 「成人病と食と健康」 Dr.上田
金 「時事英語」 深川
土 「コケ研究と飫肥林業」南寿・Dr.長谷川・Dr.水谷 服部植物研究所15時〜16時半

そして、その時々の旬なテーマを考える日曜講座を全国でも珍しい現存する振徳堂素読間(1831年建造)で「故きを温ね、新しきを知る」ために08年10月から毎月2回のペースで開いています。



振徳堂正門から正面玄関を望む。右手が素読の間。




写真は「振徳堂素読の間」で行われた第1回日曜講座(10月12日)『アメリカの金融危機で、日本はどうなる』の模様。講師は深川。

両講座とも日南市民に限らずどなたでも随時参加できます。奮ってご応募下さい!
問い合わせ先は、日南商工会議所 TEL 0987-23-2211です。




日南市立 振徳堂大学 構想


2011年度から閉校になる「県立振徳商業高校」の校舎、グランド、隣接する「総合運動公園」、そして油津中心街にある「テクノセンター」「飫肥の伝統的(木造)洋館群」、南郷の同じく11年度から閉校になる百十年の伝統ある「県立日南農林高校」などに少し手を入れ、リフォームすればカネをかけずに立派な「大学の器」が出来上がる。更に、有効活用されていない油津港の「県立高等水産研修所」を県から払い下げてもらう。



正門から見た県立振徳商業高校。右手にも三棟校舎がある。




飫肥の守永邸。大正時代の木造洋館。一時病院としても使われていた。




飫肥の梅村邸。これも大正時代の木造洋館。修復保存活用したい。




飫肥の(財)服部植物研究所。この奥に数十万点にも及ぶコケの標本庫があり、世界的なコケ研究のメッカとなっている。一財団で管理するには限界があり、市立大学の付属研究所として充実整備し、ナンジャモンジャゴケで有名な服部新佐博士の偉業をもっと顕彰すべきだ。


09年3月、日南市は南郷町、北郷町と合併すると、キャンパスは東京23区に迫るほどの広大な市域全体だ。

私立大学を財政負担までして無理に誘致するより、市民参加で自ら市立大学をつくる方が安くでき、しかも図書館や体育施設だけでなく、学習、創作、集会所として市民全員が使える「学びの場」として利用できるのだ。
大学が地域に溶け込んでこそ、「生涯学習都市・日南」が実現する。

三市町の合併効果でスケールメリットが働き二割くらいの人員が削減できる。しかしこの時代、雇用対策は最大の課題だ。むやみに職員を減らしても地域社会に不安を与え、地域経済にもマイナスだ。二割に当たる100名前後の職員を市立大学法人の職員に採用すれば全く問題が無い。法人経営で彼らの給与を賄うのだ。これが市立大学をつくる大きな利点の一つ。

「器と職員」はすでに揃っている。

あとは「特色ある学部」と「教授陣」だ。これで学生を惹きつける。


「学・産・官・民」のコラボレーションが無いと何もできない時代。

大学をつくることは同時に産業政策

行政主導では全てが失敗する時代。だからこそ市民参加で「市立大学」をつくる意味がある。


【芸術学部】

「日南海岸」はアメリカ西海岸やハワイ、ゴールドコーストと並ぶ世界ブランドになれる。

居住コストが安いことを利用し、アトリエや仕事場、住居を、市内至る所にある空き家なども活用し無料で貸与し、市民税も減免し、世界中から一本釣りでアーティスト(美術・音楽・演劇・映像・文芸など)を集めてくる。
「企業の誘致」ではなく「人の誘致」でこれからの都市は発展する。
名のあるアーティストや新進気鋭のアーティスト、公募で勝ち残ったアーティストによる『芸術家村』をつくる。これがそのまま
【芸術学部】になる。
マスコミや感度の良い若者の注目を集めることが重要だ。
マスコミで話題になり、絶えず日南発信の情報が日本国中や世界へ流れていく仕組みをつくらなくてはならない。
彼ら彼女らの創作活動が計り知れない価値を日南から発信し、「日南ブランド」を確立してくれる。


大正14年建造の油津赤レンガ倉庫


赤レンガ倉庫の内部は、このように半分は屋根がない。ここをガラス屋根で覆えば立派なライブ空間だ。


1905年建造のアーチ橋の堀川橋(乙姫橋)     昭和29年建造の海岸通り倉庫

「油津アートビレッジ」
を早急につくる必要がある。油津の町が急速に寂れ崩壊しつつあるからだ。高齢化と同時に空き地空き家の数がすさまじい。もう手をこまねいている段階ではない。赤レンガ倉庫群や町屋、県経済連所有の海岸通り倉庫、更には旧漁協跡地に「油津フィッシャーマンズワーフ」をつくるなど一体的にPFI(民間資金調達による民間による修復や建設とその後の店舗・ギャラリー・スタジオの民間による運営)を導入し、活性化の起爆剤にしなければ手遅れになる。

                                   

【経営学部】

【観光経営学科】

「観光は21世紀最大の産業」と言われ、現在年間十億もの人々が世界中を旅行している。宮崎県南地域は、「日向の南」ということで、昭和二十五年に日南市が誕生した。そして平成二十一年三月に北郷町と南郷町を合併して、新「日南市」が誕生する。それはとりもなおさず、「日本の南」を意味する。

ここで、改めて「温故知新」の意味を噛みしめてみよう。五十年前にこの地を新婚旅行のメッカにした大胆な発想の持ち主・岩切章太郎(堀切峠に人工的にフェニックスを植え、それはいつの間にかこの地をシンボライズする自然景観となってしまった)の「岩切イズム」に立ち帰る必要がある。


飫肥 横馬場通り                     飫肥 大手門通り

日南海岸と並んで、「サムライの町・飫肥」は世界ブランドになれる。そして「港町・油津」も全国レベルのブランド力を潜在的に持っている。これらを世界中の人にじかに見てもらい体験してもらうためには観光戦略が必要だ。そのために観光客を集客するためのきめ細かな戦術を練らなければならない。
そこには自然破壊をしない観光地の開発方法やその掘り起こし、マスコミ活用や見せ方、名産・土産物の商品開発、土産物店やレストランのプロデュース、ブランディング、ホテルや民宿の整備、人材育成、マーケティングなど体系的な観光経営学としてのとらえ方が必要になる。

具体的には、農業体験を織り交ぜた滞在型の「グリーンツーリズム」や漁業体験やマリンスポーツを織り交ぜた滞在型の「ブルーツーリズム」の商品化は喫緊の課題だ。
このために首都圏、特に私が市議を務めていた千葉県市川市との積極的な交流を促進したい。小学校単位で夏休みなどを利用して体験してもらうプログラムはすぐにでも実現可能だ。

これが、日南の地場産業としての観光産業を大きく発展させる。


【コミュニティビジネス学科】

「就職口がない」から「就職口をつくる」
地域に根ざしたコミュニティビジネスこそが今最も求められている。
福祉、教育、まちづくり、文化など行政や民間が十分カバーできていない分野がまだまだ広がっている。
社会企業の起業を助け、NPOのマネジメントを支援するために是非とも必要。

これに関連して、失業者のホームヘルパー2級取得を支援する体制が必要。
2級取得のための受講料の十万円を全額無利子で貸し付け、就労三年以内で返済してもらう制度を市がつくる。



【スポーツ科学部】

「広島カープ」「西部ライオンズ」のキャンプ地である強みを活かす。
球場施設などが整備されているため、これらの利用が可能。

ゴルフ関連施設も多く、ゴルフのメッカとして「ゴルフ学科」が欲しい。

現役や、かつての一流選手を教授陣に招聘する。
単にスポーツ選手や指導者の育成にとどまらず、「スポーツマネジメント」でも活躍できる人材を育てる。

日南海岸を世界的なサーフィンのメッカにするために、「サーフィン文化」・「黒潮文化」の発信源になる「サーフィン学科」をつくる。サーフィン指導者も育成する。
南郷・外浦地区は高齢者が亡くなったあと、空き家のまま放置されている物件が多い。そこに東京・大阪からサーファー達を移住させ「サーファー・タウン」をつくることも相乗効果を生む。

日南海中公園を整備することで、日本におけるマリンスポーツの拠点にする。


【環境エネルギー学部】

四百年の伝統ある飫肥林業
を将来に活かすための取り組みが必要。
この写真は、北郷町にある三ツ岩林木遺伝資源保存林。最も古い飫肥杉の人工林で、高さ40b・樹齢130年の巨木が1184本もある。植林の間隔が広い粗植だったために太陽の光が下まで差し込み、広葉樹が成長した。針広混交林のため天然林のように見える。巨木の逞しさを感じながらの森林浴はとても贅沢で心身共に癒される。北郷は08年「森林セラピー基地」に認定された。長期滞在型のリゾート地に向けた整備が必要だ。右写真はJR日南線北郷駅。



【食料・エネルギー自給率100パーセントを目指す】
環境資源として林業をとらえると同時に、木屑を活用した「木製ペレット」などのバイオエネルギー資源としてのアプローチが必要。地場産業である畜産(牛・豚・鶏)による糞尿や焼酎粕を利用したバイオマス産業を新たな地場産業にするためにもそのシンクタンクが必要。

果物や野菜、米など付加価値の高い農産物の商品開発により、国内流通はもとより中国・韓国・台湾へ輸出する。
市川に「日南物産館」をつくり、首都圏の消費者に日南産の農産物を購入してもらう。

それらの延長線上にある酒造業を有力な地場産業として育てることが地域経済を発展させる。
鹿児島大学農学部に06年日本初の「焼酎学」講座が開設された。これに対抗して、日本初の「焼酎学科」をつくる。

太陽光発電
の先進地域になる。
全ての公共施設に設置。民間住宅にも助成制度をつくる。これらの「環境エネルギー対策」や民間企業とコラボをしてその導入の促進を図る。


【海洋学部】

油津港にあるレンガ造りの近代的施設「県立高等水産研修所」を県から払い下げてもらう。
市立大学として改革することで、学生のニーズを汲み取り、魅力的な学部として再生させる。

漁業振興・船舶操縦・海事・海洋資源・海洋環境保全
などについて学ぶ。
アジア諸国の留学生も多く、油津港の立地を活かし、市民にも積極的に海洋体験をしてもらう。





油津と飫肥の間の6kmにLRTを通します。


この計画は、
「市立振徳堂大学」と並ぶ「日南ルネッサンス」の二番目の柱です。
この路面電車は
LRT(Light Rail Transit)と呼ばれ、ヨーロッパで導入が進んでいる軽量低床型の路面電車のことです。最近は架線が不要のものもあります。CO2削減が地球的テーマとなり高齢化の進む中で、車社会の見直しが叫ばれています。特に日南市においては中心市街地活性化と観光の切り札となる公共交通手段です

宮崎県で最初(大正2年)に鉄道(狭規格の「飫肥油津軽便鉄道」)が走ったこの地の伝統を活かす。

もちろん、年間予算とほぼ同額の364億円(平成19年度末)もの借金を抱える日南市で建設できるわけはありません。
この計画自体が担保になるPFI(Private Finance Initiative)という民間資金を調達して建設する方法が現実的です。欧米諸国の公共事業はほとんどがこの方式です。日本でもこの数年件数が増えてきました。



民間資金を活用した富山ライトレール(株)。10`余りを総額58億円で完成させた。

日南線の増便と観光化

このままじゃ、廃線になってしまう。
路面電車は500m間隔の電停。日南線は3〜5km間隔の駅なので、これらは競合せず補完関係になる。
時間帯を区切り自転車も乗り入れできればさらに使いかってよくなる。
観光線としても魅力的だ。



日南と首都圏を結ぶ「油津港・千葉港間の定期フェリー実現」


自殺対策 平成18年の統計では、日南市だけで9名の自殺者がいた。市役所に多重債務など相談窓口を設ける。保険所と連携の        強化。

県病院小児科存続  
・宮崎大学医学部頼みでは解決できない。首都圏、関西圏から小児科医をスカウト
ドクターヘリ導入

高齢者温水リハビリ対策
 社会的入院をなるべく減らす仕組みをつくる。



公共事業の一般競争入札制度は地元中小企業の首を絞めるだけ。安かろう悪かろうで、納税者も利用者も得をしない。共同受注し共同施工する透明性を確保した質の高い「建設協同組合」をつくります。地場産業を育成し、建設業者の職場と暮らしを守ります。


◎油津地区中心市街地活性化は単体のビル建設ではなく、公共交通機関(路面電車敷設・日南線増  便)の整備でしか実現しない。


今後、これらの重要政策は更に検討を続けます。



















                      
●深川総研の中長期的(5年〜20年)テーマ

T. 「皇居とその周辺を世界遺産に」

(『論座』2000年11月号掲載)
首都・東京を象徴する景観の、あるべき姿を求めます。




これまで続いた日本人の「景観音痴」のせいで、このように皇居周辺の国会議事堂や靖国神社に至る数少ないビスタ(通景)も、無残に破壊されているのが現状です。


U.下町再生「深川ルネッサンス計画」

「山の手中心の東京」から、「下町・川の手中心の東京」へ時代のトレンドが大きく変わってきました。東京の下絵としての江戸の文化的財産を発酵させながら、世界に通用する芸術・文化の発信基地、「深川アートビレッジ(Fukagawa Art Village)」をつくる計画です。 


V.日本橋復活「首都高速道路地下化計画」

江戸時代から明治期にかけ大動脈だった日本橋川の、上部空間をすっぽり覆って蛇行する首都高速環状線・五号線を地下化することで、日本のダウンタウン・日本橋を復活させる計画。
「都市再生のモデル」にするため、都や国に働きかけて行きます。


名橋「日本橋」が泣いている。             特に江戸橋からの眺めは凄まじい。


W.銀座復活「歌舞伎シンボルロード計画」

近代の見本市・銀座の衰退が叫ばれて久しい。西銀座に偏っていた人の流れを東銀座にシフトさせることで銀座は再生できるのです。その目玉が歌舞伎座、新橋演舞場、そして築地本願寺。これらのそばを半地下で掠めて通る首都高速・都心環状線の蓋掛けにより、上部空間を開放して緑化し、常設の舞台もつくれば、それらと相まってここが日本のブロードウェイになることも夢ではありません。かつて築地小劇場もこの地から新劇のムーブメントを起こして行ったのです。




まちづくりも、大量廃棄を生む近代の「スクラップ・アンド・ビルド」型から、土地の魂やソフトを「レノベート(修復・再生)」し、それを戦略にまで高め、マーケティングして行く『ネオ中世』のまちづくりに移行して行かなくてはなりません。